デザインによるコンプライアンス:香港の新しいステーブルコイン向けマネーロンダリング対策(AML)設計図を読み解く

8/14/2025, 10:12:50 AM
香港のステーブルコイン規制は2025年に施行されます。香港金融管理局(HKMA)は、「完全オンチェーン本人確認」という世界的にも例の少ない要件を導入し、さらにERC-3643などの技術を活用して、コンプライアンス機能をステーブルコインのコード自体へと直接組み込むことを検討しています。これにより、信頼性と透明性の高いデジタル資産エコシステムの構築が期待されています。

はじめに:香港のデジタル資産が迎える新時代

2025年8月1日にステーブルコイン条例が施行されることで、香港はデジタル資産エコシステムの発展において全く新しい段階へと移行します。この変革の中心には、香港金融管理局(HKMA)が策定したマネーロンダリング防止(AML)ガイドラインの新たな指針があります。これは単なる手続きのチェックリストではなく、ライセンス取得済みで透明性があり、世界水準で信頼性の高いステーブルコインの新時代を築くために綿密に設計された枠組みです。

ガイドラインでは、「顧客管理(CDD)」や「疑わしい取引報告(STR)」など、従来の主要規制項目が再確認される一方で、世界的にも重要な新要件が導入されます。それは、すべてのステーブルコイン保有者の身元が継続的に確認・検証可能であることです。これは単なる初回の登録審査に留まらず、バリューチェーンの全参加者が明確に特定できるエコシステムの構築を意味しています。

この規定は一見シンプルですが、革新的な影響力を持ちます。ライセンス取得済みステーブルコインは、本人確認済みの個人または法人が所有するウォレットアドレスへのみ送金できます。確認は発行体自身、規制対象金融機関、または信頼できる第三者によって実施可能です。HKMAは、匿名性を排除し、透明性と説明責任を備えた新しいステーブルコイン運用環境の創出を目指しています。

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なぜ重要なのか:世界的規制の動向

ブロックチェーンの伝統主義者やDeFi(分散型金融)支持者にとって、このような制約は「許可不要」なシステムの開放性を損なうものと映り、グローバルなパブリックレジャーの精神が「許可制」かつ閉鎖型モデルへと変わってしまうと感じるかもしれません。しかし、この決定は恣意的なものではなく、匿名取引に対する国際的な監視強化への明確な回答です。

世界のAML基準策定機関である金融活動作業部会(FATF)は、長年にわたり「アンホスト型」やセルフカストディウォレットによるピアツーピア取引が引き起こすシステミックリスクを指摘してきました。これらは規制対象の仮想資産サービスプロバイダー(VASP)を迂回するため、従来のKYC(本人確認)管理やトラベルルール(送信者・受信者情報の付帯義務)の網の目を逃れます。HKMAの新指針は、このリスクに対する先手の一手であり、資産自体にコンプライアンスルールを直接組み込むものです。

さらに、国際決済銀行(BIS)は複数のレポートで「分散化の幻想」を指摘しています。インフラは分散型でも、意思決定や管理権限は実質的に開発者や運営者、ガバナンス組織に集中しています。こうした場合、取引が完全に匿名だとAML/CFT(テロ資金供与対策)ルールの適用が困難となり、金融の安定性を脅かす可能性があります。DeFiプロジェクトが伝統金融と安全に接続するには、コンプライアンス上の構造的な課題を解消することが不可欠だとBISは強調しています。HKMAの方針は、グローバル基準への即応だけでなく、香港のエコシステムの将来価値を高める意図も反映しています。

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どのように実現するか:コードに組み込むコンプライアンス

課題は、こうした規則をパブリックブロックチェーン上で資産の利用性や流動性を損なうことなくどう実現するか、という実装面にあります。

解決策は、トークン自体にコンプライアンスを内包させることです。つまり、必要な条件が満たされない限り送金を許可しない仕組みです。技術的には、「パーミッションドトークン」設計によって、ウォレットの適格性をオンチェーンで確認し、条件を満たせば送金が成立します。仕組みの核心はホワイトリスト管理であり、送信者・受信者双方のウォレットアドレスが事前承認されている場合のみ、送金が認められます。

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ERC-3643は、規制対象デジタル資産(ステーブルコインやトークン化証券)に特化したイーサリアム標準で、高度な成熟性を備えています。

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ERC-3643の実運用

ERC-3643は単なる技術的仕様ではなく、デジタル資産の基盤に直接組み込まれる包括的なコンプライアンスフレームワークです。法規制上のルールと、トークン本来の取引ロジックを明確に分離しながらも、有機的に連動させてシームレスな運用を実現します。この仕組みの中心となるのが、トークンコントラクト(オンチェーンコードで構成されるステーブルコイン本体)です。従来型トークンと異なり、送金前に特定条件の充足をプログラムによって厳密に検証します。送金金額を即時に移動させるのではなく、コンプライアンスコントラクトという第二層のインフラに照会して判断を仰ぎます。

コンプライアンスコントラクトは自動化されたゲートキーパーとなり、プログラムされた手順に基づいて取引の可否を判断します。その根拠となるのが「アイデンティティレジストリ」です。これはウォレットアドレスごとに所有者の検証済み属性(クレーム)情報を紐付けるオンチェーンディレクトリであり、KYC認証状況、居住管轄、制裁対象フラグなどを管理します。

ステーブルコインの送金を試みる際、トークンコントラクトがコンプライアンスコントラクトへ照会し、さらにアイデンティティレジストリで送信者・受信者双方のクレームをクロスチェックします。KYC認証や制裁クリアなど必要条件がすべて整っていれば送金が成立します。このプロセスはリアルタイムかつ自動で実行され、手作業の介入は不要。ブロックチェーン取引のスピードと確実性の中にコンプライアンスが直接組み込まれることで、規制当局がルールの適用状況を即座に監査することが可能となります。

トークン、レジストリ、コンプライアンスロジックが連携することで、ERC-3643は規制ガイドラインを自己実行型のオンチェーン制御へと転換します。匿名送金はほぼ不可能になり、問題のあるアドレスは即座に凍結・制限可能。トラベルルールにもスムーズに準拠でき、コンプライアンスの全体像を規制当局に明確に提示できます。これにより、紙ベースの規制運用から自動的かつ透明性の高いブロックチェーン運用へと進化します。

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まとめ:ゲートを閉じるのではなく、架け橋を築く

香港のステーブルコイン規制は、単なるコンプライアンス強化に留まらず、規制対象デジタル資産のグローバルハブを目指す都市の意志を示しています。本人確認可能な参加を義務付けることで、HKMAはステーブルコインを信頼性の高い大衆向け金融商品へと位置付け直し、ニッチや投機的な資産とは一線を画します。

発行体にとって、ERC-3643のような技術の導入は「先進的思考」からいよいよ業務上不可欠な要件となりつつあります。FATFトラベルルールなどの政策要件への対応を可能にし、規制当局へ透明な監督体制を提供、評判リスクを懸念する機関投資家にも安心感をもたらします。

イノベーションを妨げるどころか、コンプライアンスをコードに内包することでリテール決済や国際決済など正規用途が拡大し、Web3イノベーションと伝統金融の相互連携が強化されます。

香港は分散型金融に背を向けるのではなく、国際社会から信頼され、市場に自信をもって受け入れられる、持続可能で信頼性の高いグローバル連携型ステーブルコインエコシステムの礎を築いています。

今後焦点となるのは、FATF加盟国や主要金融センターで本人確認・ウォレットアドレス登録が標準化された時、このプロセスをより安全かつ利便性高く進化させられるかという点です。その答えは、個人が自らデータをより柔軟かつ安全に管理しつつ、規制当局の厳格な要件も満たせる、ブロックチェーンベースの分散型ID(DID)技術の成熟に委ねられています。こうした技術が規制対応とデジタル資産利用者の利便性をつなぐ最適解となるか、今後の動向に注目です。

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